仕事帰りに寄る家がありそこでは夫婦が子供を広い台の上にのせ四肢と頭を

複雑に動かして運動する機能開発訓練でした。その訓練は三人掛かりで一時間

掛るのですが、さすがにその子も出せない声を声を絞り出し苦痛を訴えるので

す。限られた命をなんとか救いたい一心で夫婦は子供に我慢してと勇気付けるも

その訓練はハードである事は間違いない。汗を拭き拭き、いや涙だったのかも知れない

私にもう少しだからと遠慮そうに呟く父親。重度の脳性麻痺のその子は新しいその訓練

により通う度に変化をみる事で微かな発達が皆を勇気づけてくれました。時間の都合が

取れなくなった私は仲間にバトンタッチしてそのボランテアは続けられました。

ある日お父様から、もう来なくて良いです、終わりました長い間有り難うと電話が

切られました。それは、亡くなった事を知らせる電話であったのでしょう。

しかし、それを言葉に出来ない無情と、終わったと言う言葉に対しそれ以上

訊こうとしない配慮が悔しさと一緒に音を立てて落ちていきました、それぞれの運命の

違いに人間の営みの複雑さを感じ、読んでいる小説の中のドラマに取り残されている様な

錯覚は今も尚続き、いつもの事であるが完結のないドラマに今日も生きている。

あれから夫婦と合う事はなかった、電話を置く後姿を想像するしかない今

今頃どうしているだろうかと、ふと、さつきに思うのです。

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